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ボストン爆破事件とミランダ警告(国際文化学科 教授:河内 信幸)

【2013年5月27日】

※本稿に掲載の写真はすべて、2006年4月に筆者が撮影。

                                

血にまみれたボイルストン通り

400年近い歴史を誇るマサチューセッツ州のボストンで、現地時間の4月15日午後、世界中に衝撃を与える爆破事件が起きた。ちょうどこの日は、第117回ボストン・マラソンが開催されており、爆破はゴール付近のコプリー広場で2度あった。1度目はコプリー広場近くのボイルストン通り671番地の「マラソン・スポーツ」前で起き、2度目はそれから12秒後に2ブロック(約100m)離れた地点で発生した。その結果、8歳の男児を含む3人が死亡し、180人以上が負傷したと伝えられる。

ボストン・マラソンは1897年に始まった、世界一の開催数を誇る市民マラソンであり、自由な参加とボランティア精神が大会を支えている。それだけに、厳密な保安対策や持ち物チェックは不可能に近い。しかも、爆破事件があった付近には、ロマネスク様式のトリニティ教会、重厚な雰囲気のボストン公共図書館などがあり、普段はボストンの人々(ボストニアン)だけでなく、外国人旅行者にとっても憩いの場所となっている。

                

 

早い犯人逮捕

爆破事件の捜査は、写真や動画を分析することによって急ピッチで進んだ。そして、連邦捜査局(FBI)は、4月18日の午後、ロシア南部・チェチェン共和国周辺出身の2人の兄弟を爆破事件の容疑者として特定し、SWATチームまで乗り出して捕捉作戦を敢行した。その結果、警察当局と2人の容疑者の間で銃撃戦となり、兄のタメルラン・ツァルナエフ(26歳)は病院で死亡が確認されたが、けがをした弟のジョハル・ツァルナエフ(19歳)はまもなく逮捕された。

マスコミ報道によれば、2人は2001年頃にアメリカに移住してきており、イスラム原理主義やチェチェン独立に傾倒していたことが伺える。しかし、FBIが公開した画像では、2人は身元を隠す様子もなく、犯行後も逃走しないで近郊に残るなど、プロの「テロリスト」とはあまりにもかけ離れた行動をとっている。

ミランダ警告

アメリカでは、刑事事件の容疑者に対して、黙秘権があること、証言が不利な証拠として採用される可能性があること、弁護士の立会いを求める権利があることなどを、取調べの際に通告する必要がある。これは「ミランダ警告」(Miranda Warning)と呼ばれており、1966年に連邦最高裁が下した判決(Miranda vs. Arizona事件)によって確立した法手続きの1つであり、この警告を行わない限り取調べで得られた証拠は正式なものとしては採用されない。

ところが、連邦捜査当局は、今回のボストン爆破事件で逮捕されたジョハル容疑者に対して、少なくとも当面は「ミランダ警告」の手続きを適用しない方針で臨む模様である。ジョハル容疑者が爆発物を隠していたり、他に共犯者がいたりする可能性があるため、捜査当局は徹底的な尋問を行い、確実な情報を得る必要があると判断したためとされる。実際に5月1日、事件を手助けした疑いで、3人の容疑者が身柄を拘束されている。

「ミランダ警告」は、連邦憲法上からすれば、自己に不利益な供述を強要されないとする修正第5条の「自己負罪拒否特権」に基づき、1960年代の連邦最高裁、いわゆるウォーレン・コートが確立したものである。しかし、1984年に出された判決(New York vs. Arizona事件)では、「公共の安全」に関わる場合には、「ミランダ警告」なしで得られた供述でも証拠として採用できるという、例外を認める裁定が下された。

ミランダ警告の例外

このような「ミランダ警告」の例外規定には、刑事手続きを重視するあまり、実態の解明が後手に回るのを回避する狙いがある。2009年12月、ナイジェリア人の男性が下着に爆弾を隠してデトロイト行きの航空機を爆破しようとして事件では、「ミランダ警告」の後に被疑者が事情聴取にまったく応じなくなった。そのため司法省は、「テロ」事件の場合、通常の刑事事件よりも「ミランダ警告」の例外が幅広く認められるという通達を出した。しかし、ジョハル容疑者は国際テロ組織と言われるアルカイダとの関係を示す証拠がなく、しかもアメリカ国籍をもっている市民である。

ブッシュ政権は、2001年の“同時多発テロ事件”以後、「テロ」が「公共の安全」を脅かす大量殺戮事件として、通常の刑事手続きをとらない事件の解明や容疑者の責任追及を繰り返した。たとえば、「テロ」容疑者とみなされた数百名が、令状なしでキューバのグアンタナモ基地の収容所に長期間拘束され、拷問や虐待が繰り返されたことは記憶に新しい。その結果、ブッシュ政権は人権擁護団体などから厳しく批判されたのであり、今回のボストン爆破事件でも、容疑者に「ミランダ警告」の告知をしないまま、長期間にわたって事件の実態解明を優先させれば、アメリカは国際世論から大きな批判を浴びることになるであろう。

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