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オリンピックとアメリカ・インディアン ― ジム・ソープの生涯 ―(国際文化学科 教授:河内 信幸)

【2012年7月25日】

 

世界最高のアスリート

日本が初めてオリンピックに参加したのは、1912年(5月25日~7月27日)のストックホルム大会であった。そのため、今年のロンドン五輪は、日本にとって、ちょうど100年目となる節目の大会になる。

このストックホルム大会で、「世界最高のアスリート」と賞賛されたのが、オクラホマ州出身のジム・ソープ(Jim Thorpe)であった。ソープは、この大会で初めて実施された陸上競技の10種競技で優勝するとともに、5種競技でも金メダルを授与されたからである。

しかもソープが、サック・アンド・フォックス(Sax and Fox)族のアメリカ・インディアンであったことも、世界から注目を集めた。ソープの父親はアイルランド移民であったが、母親は、確かにサック・アンド・フォックス族の先住民であった。ソープは、サック・アンド・フォックス族のなかで、「輝ける道」(Wa-Tho-Huk)と名づけられて育った。

ストックホルム五輪の表彰台では、当時のスウェーデン国王のグスタフ5世(Gustaf V)が5種競技、ロシア皇帝のニコライ2世(Nicholai II)が10種競技で、それぞれ金メダルを授与した。このようなソープの功績は、アメリカに帰国してからも注目され、ニューヨークのブロードウェイでは凱旋パレードも行われた。

思わぬ暗転―「悲劇のヒーロー」に

ところが、ソープの栄誉は、思いがけなく暗転してしまうことになる。ストックホルム五輪の翌年、国際オリンピック委員会(IOC)が、オリンピック参加選手に厳しいアマチュア規定を適用したためである。その結果、スポーツ大会で賞金を受けた者、スポーツの教師・指導者、プロ選手と対決経験がある者は、すべてアマチュア資格を喪失しているとみなされた。

1913年1月下旬、マサチューセッツ州の『ウースターテレグラム』(Worcester Telegram)などの報道によって、ソープがセミプロの野球チームでプレーしていたことが判明した。全米体育協会(Amateur Athletic Union)のジェームズ・E・サリヴァン(James E. Sullivan)長官は、ソープがアマチュア資格を喪失していると見なし、IOCにも同様の措置をとるように要請した。

その結果、IOCはソープがアマチュア資格を喪失していると認定し、オリンピックのタイトル、メダルのすべてを剥奪することが全会一致で決定されたのであった。こうして、「世界最高のアスリート」は、「悲劇のヒーロー」となってしまった。

しかし、ソープの悲劇は1953年3月に死去した後も続き、葬儀や棺にまで及んだ。ソープは3回結婚をしており、3番目の妻であるパトリシア・アスケウ(Patricia Askew)は、ペンシルヴェニア州の小さな町が「ジム・ソープ」と改称することになったため、他の家族が呆然とするなかで遺体を運び出し、引き渡してしまったからである。

先住民としてのアイデンティティ、プロとアマの厳しい壁

インディアンの信仰では、葬儀を終えなければ、魂はいつまでも漂ったままであるとされる。そのため、ソープの遺族は、生前のソープが故郷のオクラホマに埋葬してほしいと願っていたと訴え、何度も遺体の返還を要求してきた。たとえば、ソープの息子ビル・ソープ(Bill Thorpe)は、生前のソープが故郷のオクラホマに埋葬してほしいと願っていたと述べている。

しかし、遺体の返還が実現しないため、息子のジャック・ソープ(Jack Thorpe)は、2010年6月、先住民墓地保護・送還法(Native American Graves Protection and Repatriation Act)に基づいて訴訟を起こした。この法律は1990年に制定されたものであり、アメリカン・インディアンが長年受けてきた人権侵害を改善するためのものである。

歴史をさかのぼると、白人がインディアンの墓を勝手に荒らしたり、遺骨や埋葬品を博物館に売却したりすることが多く、先住民墓地保護・送還法はこれらの補償を掲げている。連邦政府によると、2009年までに約4万人の遺体が返還対象になるとして登録された。

このように、「世界最高のアスリート」と賞賛されたソープと死後のストーリーは、先住民としてのアイデンティティ、人権侵害の歴史とその補償などを映し出す鏡である。しかも、かつてのオリンピックには、プロとアマの厳しい壁がアスリートに立ちはだかったのであり、ロンドン五輪を目前にした今、ソープの人生は、そんな歴史の記憶を呼び覚ます価値がある事例だと思われる。

<参考>New York Times(July 24, 2010)、朝日新聞(2012年7月17日)、nytimes.com(July 25, 2010)

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