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アメリカは100年に一度の金融危機か ―リーマン・ブラザーズの破綻は金融恐慌の引き金となるか―(国際文化学科 教授:河内 信幸)

【2008年10月8日】

リーマン・ブラザーズ破綻の衝撃

ニューヨークのマンハッタンに出かけると、誰もが、アメリカ第4位の証券会社リーマン・ブラザーズの派手なネオンを眼にする。そのリーマンが、9月15 日、約6,130億ドル(約64兆円)の負債を抱えて破綻した。この負債額は、1997年に自主廃業に追い込まれた山一證券の約125倍にものぼり、 2002年の通信大手ワールドコムを上回る、アメリカ史上最大の負債額である。アメリカ政府の公的支援拒否が破綻への引き金となったといわれている。

今年3月には全米第5位の証券会社ベアー・スターンズが破綻し、JPモルガン・チェースに救済・買収されており、サブプライムローン問題の深刻さが広がるとともに、リーマンも6月頃から経営危機が取りざたされていた。そのため、リーマンは、約400億ドル(約4兆1,600億円)の不動産債権を売却しようとしたが、ほとんど買い手がつかず、リーマンの株価は9月9日だけでも40%も下落してしまった。

まとまらなかった救済策

ニューヨークの連銀ビルでは、9月13日からポールソン財務長官(ゴールドマン・サックス出身)らが仲介し、大物の金融関係者を交えたリーマン救済策が協議された。そのなかで、バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)とイギリスのバークレイズの両銀行がリーマンを買収する構想が浮上してきた。しかしこの構想は、両銀行とも政府当局による公的支援を前提としており、公的資金の投入がなければ多額の不良債権を抱えるリーマンを買収できないと主張した。ところが、ポールソン財務長官は、公的資金の投入が金融の自己責任を曖昧にし、危険な「モラルハザード」につながるとして断固として拒否した。そのため、バンカメとバークレイズは、9月14日午後、相次いで買収交渉から離脱した。

同様に、連銀ビルでは別の救済策も協議された。それは、リーマンから不良債権だけを分離し、アメリカの金融大手10から15社が資金を出し合って償却するという救済策であり、バンカメとバークレイズはそれ以外の債権を引き受けるという妥協案であった。しかしこの構想も、リーマンに救済資金が投入されない場合の負債や損失が不明であり、金融トップは後に経営責任を問われることを危惧してまとまらなかった。

その結果、9月14日午後にはリーマンの破綻が決定的となり、連邦破産法11条の適用を申請すると発表された。グリーンスパン前FRB(連邦準備制度理事会)議長はABCテレビに出演し、昨年夏に表面化したサブプライムローン問題から今回のリーマン破綻にいたる金融危機を、「100年に一度の大きな出来事」と警告を発した。

忍び寄る金融危機

すでに今年7月、大手住宅金融会社のインディマック・バンコープが破綻し、連邦預金保険会社(FDIC)の管理下に置かれた。そして9月初めには、1兆 6,000億ドル(約168兆円)もの債務を抱える政府系住宅金融機関のファニーメイとフレディマックが政府の管理下に入り、ブッシュ政権は公的資金を投入して救済に乗り出した。このように、リーマンの破綻以前から、金融危機に至る「負の連鎖」が忍び寄ってきていたのである。

したがって、金融不安はリーマンの破綻に留まらなかった。リーマンを見切ったバンカメは、9月15日、米証券業界第3位のメリルリンチを、総額500億ドル(約5兆3,000億円)で買収すると発表した。メリルリンチも、今年4-6月期のサブプライム関連損失が400億ドル(約4兆1,600億円)にものぼり、株価は半年前に比べて6割近く下落していた。

ところが、リーマンが破綻した翌日、FRB(連邦準備制度理事会)は、一転して世界最大の保険大手AIGに、最大850億ドル(約9兆円)を融資すると発表し、発行済み株式の約80%を取得して再建を図ると決定した。AIGもサブプライム関連の金融商品を多数抱え、住宅価格の下落と資金調達の困難が押し寄せ、今年4-6月期の損失額は約440億ドル(約4兆6200億円)にのぼっていた。その結果、AIGは9月16日に「破綻か」とも報じられており、緊急に約150億ドル(約1兆6,000億円)の資金調達が必要と見られていた。

そして、ウォール街の金融危機は、証券業界第1位のゴールドマン・サックス、第2位のモルガン・スタンレーにも及び、現在の市場では投資銀行システムが機能しないため、両社に銀行持株会社への業態転換を余儀なくさせた。これは、9月21日、FRB が両社と合意したと発表された。リーマンの破綻により株価が大幅に下落し、バンカメによるメリルリンチ買収が、両社に銀行持株会社への移行を決断させたといえる。

クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の網

ベアー・スターンズが破綻した時、巨額のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS:債券倒産保険)問題が表面化した。CDSは、証券化商品の元本を保証する債券保険(デリバティブ)であり、世界の資産担保債券の約2割にかけられており、総残高(対象債券の総額)は62兆ドル(約6,510兆円)にものぼるといわれている。これはネズミ講のような性格をもっており、CDSの網が世界中に張りめぐらされている。そのため、巨額のCDSを抱えるリーマンの破綻によって、CDS発行者(他の金融機関)が次々と保険金の支払いを迫られ、世界の金融市場が大混乱する危険性も高い。

先に述べたAIG はCDS市場の大手であり、想定元本ベースで4,410億ドル(約47兆円)もの契約を結んでいた。しかし、格付けが引き下げられると、AIGはCDS契約を結んだ取引先に担保を差し出さなければならず、巨大なAIGも資金繰りに行き詰まる事態に陥った。しかもCDSは、サブプライム関連の証券化商品の「保険」としても重宝され、住宅ブームに乗って急速に事業を拡大した。そのため、AIGが破綻すれば、契約を結んでいた金融機関はサブプライム関連の損失を避ける「保険」を失い、巨額の損失が世界中の金融市場に大打撃を与える恐れが多分にある。

アメリカ金融資本主義の黄昏

私は、1929年の株価暴落から始まる大恐慌を研究してきたが(拙著『ニューディール体制論』参照)、今回の金融危機も世界中の株価を急落させた。リーマン破綻後の週明けニューヨーク株価は、ダウ工業株30種平均が前週末終値比504.48ドル(4.42%)安の1万917.51ドルとなり、ナスダック総合指数も、81.36ポイント(3.6%)安の2179.91で引けた。また、ロンドンのFT100種株価指数、フランクフルトのクセトラDAX指数も急落し、アジア市況も銀行株や保険株が軒並み落ち込んだ。そして、9月16日の東京市場では、日経平均株価が605円4銭(4.95%)安の1万1609円 72銭となり、年初来の最安値を記録した。

その後も世界の株価下落はおさまらず、ますます金融不安が広がり、アメリカではついに大手の「銀行破綻」が起きた。9月25日、全米一の貯蓄貸付組合 (S&L)ワシントン・ミューチュアルが破綻に追い込まれ、JPモルガン・チェースが100億ドル(約1兆500億円)の公募増資に基づく事業買収を決めた。 ブッシュ政権は、アメリカ発の「金融恐慌」を避けるため、総額7000億ドル(約75兆円)の公的資金を拠出し、1930年代の大恐慌以来の救済態勢をとることを決定した。連邦議会では、そのための金融安定化法案が10月3日に修正を経て成立し、信用不安を解消して金融危機を終息させる端緒には着いた。

しかし、国際通貨基金(IMF)のリプスキー副専務理事は、サブプライム問題に端を発した金融危機により、世界の金融機関の抱える損失額が1.3兆ドル (約138兆円)にのぼると推定しており、今後CDSなどがもたらす「負の連鎖」を考えると、現在の金融危機はまだ氷山の一角が現れているにすぎない。そのため、アメリカ発の金融危機が世界の金融機関の再編を加速させることは確かであり、高収益を誇った米大手証券の投資銀行モデルが機能しなくなったことからすれば、今回の金融危機は「アメリカ金融資本主義」の黄昏と言えるかもしれない。

2008年10月8日

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