山本 敦 研究室

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食環境におけるキラリティー

サリドマイド禍の以前から、ヒトは光学異性体の味や匂いの違いに気付いていました。

アミノ酸の味でいえば、多くの L-体は苦味を示すのに対し、多くのD-体は甘みを持っています。 リモネンの香りでいえば、一方の異性体はペパーミントで他方はオレンジとなります。

これは、我々の体の味蕾や嗅球に存在する味や匂いの受容体が異性体によって異なることを示しています。

例えば味蕾中の受容体は、化合物の性質の異なる三つの部位を識別することで、味覚を判断するといわれています。 L-アミノ酸の不斉炭素についた三つの置換基が適合する鍵穴に D-アミノ酸が入ることはできません。

ところで、このホモキラリティーの世界にどうして D-アミノ酸が存在するのでしょう。 それは、微生物を利用した発酵法や酵素法で L-体を選択的に作るより、ラセミ体を有機合成したほうが安くつく場合が多いからです。

さらに不幸なことに、我が国では、こうして合成されたラセミ体の幾つかがそのまま食品添加物として使用が認められています。

データが古いのですが、前世紀末での我が国のラセミ体のアラニンとメチオニンの生産量が、それぞれ 1,500 t/年、35,000 t/年という報告があります。 単純に割り算すると、我々は一人、一日当たり D-アラニンを約 0.02 g、D-メチオニンを約 0.4 g 摂取していることになります。 もっともこれら合成ラセミ体は、食品添加物用だけではなく、家畜飼料や化成品原料としても使われますから、実際には少なくなります。 それでは、実際に我々が摂取している D-アミノ酸量は、というと実は全く不明なのです。

マーケットバスケット法や陰膳法で我々が食べる量の食材(食品)を集め、分析すればよいのですが、含まれる量が少ないこともあって分析法自体が複雑になってしまう。 食の安心・安全を図るためには、こうした微量成分測定法を確立することも一つの命題になります。

飽食の時代を終え、現代は食育の時代といわれています。 しかし、安全な食材を選ぶ目を養うという考え方自体が間違っています。 どの食材をとっても安全というのが本来の理想です。 そのために食品分析に携わる人たちの戦いが昼夜を問わず続いているのです。

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