中部大学の研究活動

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量子系の測定に内在する隠れた誤差の検証実験に成功─量子コンピュータなどの量子情報技術への利活用に期待─(小澤正直特任教授ら)

【2021年6月28日】

研究成果のポイント

  • 量子系の測定における測定誤差を定める従来の方法には、不正確な測定でも誤差の値がゼロになるケースがあるという問題点があったが、このような隠れた誤差を定量化する新しい理論が2019年に小澤特任教授によって考案された
  • 隠れた誤差の出現を中性子のスピン測定において確認した
  • パラメータ掃引法を用いることにより、量子測定の隠れた測定誤差を定量的に取り扱うことが可能になり、量子測定の測定誤差の適正な決定ができるようになった
  • 量子を対象とする広範な基礎科学、および、量子コンピュータなどの量子情報技術における誤差解析や精度評価への利活用が期待される

概要

中部大学AI 数理データサイエンスセンターの小澤正直特任教授別サイトにリンクします(名古屋大学名誉教授・大学院情報学研究科招へい教員)と北海道大学大学院工学研究院の長谷川祐司教授(オーストリア・ウィーン工科大学准教授)らの国際共同研究グループは、中性子のスピンを測定する実験で、2019 年に小澤特任教授によって考案された、ミクロな物体の測定誤差を正確に定めるための新しい理論を検証することに成功しました。

ミクロな物体を扱う量子力学の根幹をなす不確定性原理では、電子などの素粒子は、その位置と運動量の両方を同時に正確に(誤差ゼロで)測定することができず、必ず本来の値との誤差が生じるとされています。このため、量子現象の理解には、測定の誤差を正確に捉えることが必要です。

しかし、量子力学における測定誤差の従来の計算式には、不正確な測定でも誤差がゼロになることがあるという問題点が知られていました。ただ、理想的な測定によって得られるべき真値が測定状況に依存するという量子力学の特質から解決不可能な問題と考えられてきました。2019 年に小澤特任教授は、量子測定誤差に関する新しい理論を展開して、そのような問題点を克服する正しい誤差の計算式を理論的に導きました。

今回の研究では、ウィーン工科大原子研究所に設置されている研究用原子炉で、長谷川グループが最先端の中性子*1 ポラリメータを用いて中性子のスピン*2 を測定し、いくつかの量子測定に対してその測定誤差の決定を試みました。そこでは、パラメータ掃引法と呼ばれるパラメータに関して初期状態を掃引する手法を用い、まず、隠れた誤差の出現を確認しました。その上で、量子測定の隠れた測定誤差を定量的に決定することを試みました。実験の結果、物理的な状況判断との整合性が取れた量子測定の誤差の同定ができたことが確認されました。

この成果は、量子基礎現象を対象とする基礎科学の発展にとどまらず、量子測定誤差の標準的定義を導き、量子暗号*3 や量子コンピュータ*4 などの量子情報技術、重力波*5 検出など量子精密測定技術における様々な計測の精度評価や誤差解析への利活用が期待されます。

本研究成果は、6月28日Nature Research社発行の科学誌『npj Quantum Information』(電子版)に掲載されました。

背景

測定に対する誤差概念を定義し、それを計測し、評価することは、物理学をはじめとする実験科学における最も基本的な研究方法です。古典物理学では、19世紀の初めにドイツの数学者で物理学者のC.F.ガウスが定義した二乗平均平方根誤差*6の概念が、200年にわたって標準的な定義として広く使われてきました。しかし、量子物理学においては、測定誤差の概念を定義することは極めて難しい問題であることが明らかになってきました。この問題はとりわけ、「小澤の不等式」*7に代表される、ドイツの理論物理学者W.K.ハイゼンベルクの不確定性原理*8を現代的に再検討する最近の研究の中で明らかにされてきました。

誤差とは通常、「真の値(理想的な測定によって得られるべき値)と測定値(実際の測定によって得られた値)との差」として定義されます。現代的な量子測定理論の枠組みでは、「真の値」を測定される物理量、「測定値」を測定直後のメーターの値を表す物理量として表現することができます。ただし、量子物理学では、物理量が行列(作用素)で表されます。そこで、「真の値」と「測定値」の差を表す物理量を「誤差作用素」と呼び、その二乗平均平方根を「量子二乗平均平方根誤差」*9と呼んで、古典的な二乗平均平方根誤差の量子版として使われてきました。

古典物理学では、二つの物理量は、常に同時にその値を決定することができますが、量子物理学では、同時にその値を決定することができない場合があり、前者の場合を両立的、後者を非両立的と言います。これは、それら二つの物理量に対応する行列の掛け算が交換法則を満たすか、否かという数学的条件に関係しています。測定における「真の値」と「測定値」についても両立的な場合だけでなく、非両立的な場合があります。

2019年に小澤特任教授は、図1に示された量子測定モデルを用い、古典的な二乗平均平方根誤差を量子測定に拡張するために必要な要求を数学的に明らかにし、正しい測定の誤差が常にゼロであるという要求を健全性、誤差がゼロである測定は常に正しい測定であるという要求を完全性と呼びました。誤差作用素に基づく「量子二乗平均平方根誤差」は、一般に健全性を満たし、「真の値」と「測定値」が両立的な場合は、完全性を満たすが、真の値と測定値が非両立的な場合には、完全性を満たさないことがあることを明らかにしました。

小澤特任教授は「真の値」と「測定値」が非両立的な場合には、測定する状態を変化させることで隠れていた誤差が現れることを突き止め、誤差作用素に基づく定義を改良して、健全性と完全性の両方の性質を持つ新しい定義を導き、「局所一様量子二乗平均平方根誤差」*10と呼びました。この新しい誤差概念は、従来の誤差概念と密接な関係を保っているため、従来の誤差概念をもとに導かれた「小澤の不等式」や、それを改良して新しく提案された「ブランシアードの不等式」も全く式の形を変えることなく、この新しい誤差概念に対しても成立します。従って、この新しい誤差概念に対して成立する新たな不等式を導くという必要がないという大きな利点を持っています。

研究の内容・意義

今回の研究は、従来の測定方法では測定の誤差が出現することなく取り扱われる場合に関して、まず、測定器に入力する初期状態をあるパラメータに関して掃引して、隠れた誤差の出現を確認した。そして、上記のパラメータ操作法をシステマティックに行い、量子測定の隠れた測定誤差を定量的に決定した。その結果、物理的な考慮に相応した、量子測定の測定誤差が得られることを確認した。実際には、ウィーン工科大学原子研究所にある実験用原子炉TRIGA Mark IIから取り出した中性子を用いて、長谷川グループが中性子ポラリメータ実験装置において、中性子の入力状態を掃引した後にいくつかのスピン測定を実現して実験を行った(図2参照)。

今回の実験では、測定器へ入力する初期状態をさらに既定のパラメータ値だけ変化させて「量子二乗平均平方根誤差」を計測します。それぞれのパラメータ値に対する「量子二乗平均平方根誤差」を求めた上で、パラメータ値を連続的に変化させ、最大値を求めることにより「局所一様量子二乗平均平方根誤差」が得られます。今回の実験では、初期状態に対する「量子二乗平均平方根誤差」の値は0ですが、この測定は正確な測定ではないことが知られています。初期状態をパラーメータ値tだけ変化させると「量子二乗平均平方根誤差」の値は理論値で2|sin t|に変化します。実験データは、0≦t<πにおける12通りの値に対して高い精度で理論値を再現しました。そこで、パラメータ値を連続的に変化させることにより、最大値である「局所一様量子二乗平均平方根誤差」の値2が得られます。つまり、本来の初期状態における従来の定義による誤差の値0に隠れていた誤差が、初期状態をパラメータ値tだけ変化させると誤差の値2|sin t|として現れます。よって、その最大値2が本来の誤差の値として得られるという小澤理論の予測が実験で検証されました(図3参照)。

今後、「局所一様量子二乗平均平方根誤差」の概念は、量子測定誤差の概念を確立し、あらゆる量子測定にあてはまる誤差の標準的定義として広く利活用されることが期待されます。とりわけ、「小澤の不等式」に代表される、近年著しく研究が進展しているハイゼンベルクの不確定性原理の精密な定量化に関する研究に確実な基礎を与え、重力波検出のような量子精密測定技術における誤差解析や、量子暗号や量子コンピュータのような量子情報技術の精度評価に広く応用されて、量子物理学の基礎と応用の進歩に広く貢献することが期待されます。

原論文情報

雑誌名: npj Quantum Information (ネイチャー・パートナー・ジャーナル クァンタム・インフォーメーション)
論文タイトル: “Neutron optical test of completeness of quantum root-mean-squareerrors”
著者: Stephan Sponar、 Armin Danner、 Masanao Ozawa (小澤 正直)、 Yuji Hasegawa(長谷川 祐司)
DOI : 10.1038/s41534-021-00437-8

研究支援情報

  1. Austrian Science Fund (FWF) No.P30677- N36、 No.P27666-N20 (オーストリア科学研究費No.P 30677- N36、 No. P 27666-N20).
  2. 日本学術振興会科学研究費No.18H03466.
  3. インターネット総合研究所・名古屋大学共同研究プロジェクト

用語説明

*1 中性子

陽子と電子とならび原子核の構成要素のひとつ。電荷がゼロ(中性)で核子である陽子よりもわずかに重い。一定の半減期で陽子と電子と反電子ニュートリノに崩壊する。振る舞いは量子力学に従い、様々な基礎物理の観測・測定実験に使われる。

*2 スピン

量子物理学における素粒子の基本特性のひとつで、角運動量の一種である。磁場との相互作用があり、まさに「小さな磁石」のように振舞う。測定値は量子化され、連続量ではなく不連続量として観測される。

*3 量子暗号

盗聴者の測定が不確定性原理で制約されることを利用して、盗聴検知が可能とされる暗号方式。量子計算機ができても破られない暗号方式として期待されている。

*4 量子コンピュータ

量子干渉や量子もつれと言った量子力学的な現象を利用して、量子的並列計算を実現し、公開鍵暗号の解読など従来のコンピュータでは現実的な時間や規模で解けないとされている問題を解くことが期待されるコンピュータ。

*5 重力波

一般相対性理論において予言される波動であり、時空間のゆがみが波となって光速で伝わる現象である。その影響は極めて小さいので、検出は極めて困難であり、不確定性原理が検出限界にかかわるとされる。2016年に米国の重力波望遠鏡LIGOを用いて、2つのブラックホールの合体によって発せられた重力波の直接検出に成功した。

*6 重力波

二乗平均平方根誤差:真の値と測定値の差の二乗の平均の平方根で定義される古典物理学における標準的測定誤差の概念。二乗平均平方根誤差がゼロであることと、測定が正確であること、つまり、測定値と真の値が一致することが同等である。19世紀の初めにガウスによって導入された。

*7 小澤の不等式

ハイゼンベルクの不等式の不備を改良した関係式で、どんな測定でも普遍的に成立する。測定前の位置の標準偏差と運動量の標準偏差をσ(Q)、σ(P)とすると、位置の測定誤差ε(Q)と運動量(質量×速度)の測定誤差ε(P)の間に
ε(Q)ε(P)+ε(Q)σ(P)+σ(Q)ε(P)≧h/4π
が成り立つとされ、測定前の状態によっては、位置と運動量の同時測定が可能な場合がある。ただし、hはプランク定数、πは円周率を表す。

*8 不確定性原理(ハイゼンベルクの不等式)

量子力学を開拓したドイツのノーベル物理学賞受賞者ハイゼンベルクがガンマ線顕微鏡の思考実験で導いた量子力学の根本原理。位置の測定誤差誤差ε(Q)と運動量(質量×速度)の測定誤差ε(P)の間に
ε(Q)ε(P)≧h/4π
が成り立つとされ、位置と運動量の同時測定は常に不可能であることが導かれる。

*9 量子二乗平均平方根誤差

測定開始時刻0に状態Ψにある系の物理量Aの値の測定をメータ物理量Mを持つ測定装置で行い時刻tに終了したとすれば、M(t)-A(0)を誤差作用素と呼び、その二乗平均の平方根を状態ΨにおけるメーターMによるAの測定の量子二乗平均平方根誤差と呼び、ε(A, M, Ψ)で表す。

*10 局所一様量子二乗平均平方根誤差

パラメータtに対して、式U(t)=exp(-itA)で定義される変換U(t)は、Aを保存量とする状態変換群をなす。初期状態をΨ(t)=U(t)Ψに変換してから同じ測定装置で測定して得られる量子二乗平均平方根誤差ε(A, M, Ψ(t))のうちで最大の値を状態ΨにおけるメーターMによる物理量Aの測定の局所一様量子二乗平均平方根誤差と呼ぶ。

図版解説

図1

図1 測定される量子系の状態と測定器の両者を考慮に入れた量子測定のモデル。入力する状態は測定器と相互作用した後に出力される。その一方、相互作用による測定器の状態の変化から測定結果がメーターに出力される。

 

図2

図2 実験配置図。実験用原子炉から取り出された中性子は、青の部分にあるポーラライザで状態Ψに初期化される。次に、パラメータ掃引法を実行するために赤の部分にあるスピン回転器で初期状態をパラメータ値tだけ変化させてΨ(t)=U(t)Ψに変換する。緑の部分では、3状態法に必要な操作を行った後に、アナライザでスピン測定を行う。これらの測定によって得られたデータから、状態Ψ(t) における量子二乗平均平方根誤差の値を計算する。

 

図3 誤差測定の最終結果。図の実験パラメータはパラメータtに対して、2tに相当する。0≦t<πを満たす12通りのパラメータ値tについて、状態Ψ(t)における量子二乗平均平方根誤差がプロットされている。小澤理論の予測値2|sin t|が高い精度で再現されている。この結果から、理論の予測通り、状態Ψにおけるこの測定の局所一様量子二乗平均平方根誤差が2であることが導かれる。グラフから、従来の定義による誤差の値0に隠れていた誤差が、初期状態をパラメータ値tだけ変化させると、あたかも誤差の値2|sin t|として現れる様子が見て取れる。つまり、パラメータ掃引法による隠れた誤差2|sin t|の出現が確認され、その上で、この量子測定における隠れた測定誤差の値2を定量的に決定することができる。

本学のお問い合わせ先

研究内容について
小澤 正直(AI 数理データサイエンスセンター、創発学術院特任教授)
Eメール:ozawa[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9027 (研究室)

電子メール s_tsuchida[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話 0568-51-9640(直通)

報道について
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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