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生命健康科学部 作業療法学科 岡野昭夫先生

【2014年12月1日】

岡野昭夫先生

プロフィール

岡野昭夫(オカノ アキオ)先生。16年間の病院勤務を経て名古屋大学大学院 医学系研究科 修士課程修了。星城大学 准教授を経て2009年から中部大学 生命健康科学部 作業療法学科 教授。

認定作業療法士、専門作業療法士(手外科)、認定ハンドセラピスト、一般社団法人 日本ハンドセラピィ学会 副理事長。

京都府出身。奥さま、大学院生の長男、大学生の次男、高校生の三男の5人家族。

岡野先生を Close Up!

先生の専門分野ハンドセラピーとは?

岡野先生

岡野先生の専門分野はハンドセラピー。「リハビリテーションの専門職である作業療法の中でも、アメリカを中心に先進諸国で広がったハンドセラピー(Hand Therapy)が専門分野です。ハンドセラピーとは手の外傷疾患を対象とする専門のセラピストのことです。1977年に米国でAmerican society of hand therapist (ASHT)が発足しています。現在、アメリカではHand Therapy Certification Commission (HTCC)による資格制度:Certified Hand Therapist (CHT)があり、これを持っていないとハンドセラピストとして仕事ができない状況になっています。日本でも2009年にJapan Hand Therapy Society (JHTS)による資格制度を発足していますが、まだ歴史が浅く、米国との社会的背景の違いもあり、これがないとハンドセラピストとして仕事ができないというところまでは至っていません。しかし日本でも日本作業療法士協会の専門作業療法士制度の中に『専門作業療法士(手外科)』を設けることにより、作業療法士の資格を取った後に目指す専門分野として位置付けています。今後はより社会的な付加価値がある資格制度にしていきたいと思っています」

岡野先生の学生時代

「当時、獣医師を目指していたのですが、大学受験に失敗し浪人していました。その頃、偶然病院を見学する機会があり、そのときに作業療法士の仕事を知ったのです。翌年、作業療法学科のある名古屋の大学に進学することになりました。あまり良い学生ではなかったと思います。何でもハマってしまうと、そればかりに集中してしまい、自治会活動にハマった頃は他学科の学生を巻き込んで授業そっちのけで活動に没頭したり、大学祭にハマった頃、当時はバブルでディスコ全盛期だったので、ディスコクラブを借り切って他大学の学生を巻き込んだイベントを企画したりと、勉強以外のことばかりに夢中になっていたように思います。それでも、作業療法の勉強は好きでしたし、作業療法士になりたい気持ちは誰よりも強かったと思います。よく同級生たちとは酒を酌み交わしながら『理想の作業療法』について語り合いました」

作業療法士、そしてハンドセラピストに

「最初に就職した京都の病院では精神科の作業療法を中心に行っていました。3年ほど臨床を経験した頃、恩師から当時三重県内で最も高名な手の外科医を紹介され、その先生が院長を務める病院に移ることになり、それからハンドセラピーを始めました。ハンドセラピーは作業療法の分野でも特殊で、急性期(※1)の外傷を中心に手の外科医とタッグを組んで初期(手術または手術の前)から一緒に患者さんを治していく実感が持てる分野で、自分の知識と工夫次第で病状がみるみる良くなっていくことに、とても喜びを感じられました」

※1急性期…病気の発症初期または怪我をして間もない時期

スプリント療法に使用する装具

スプリント療法(※2)に使用する装具:60℃のお湯に浸けることで柔らかくなる特殊なプラスチックでできており、患者さんに合わせオーダーメイドする

※2スプリント療法…術後の固定や運動制限解除のため、特殊な素材を使用し、医師の処方の下、作業療法士がその場で患者さんに最適なスプリントを作製すること。

岡野昭夫先生

「学生には装具を100個作ると上手くなるよと伝えています」と笑顔で話す岡野先生

人と人との出会いを大切にしてきたから今の自分がある

「最も大切にしてきたことは『出会い』です。一期一会という言葉もあるように、人と人との出会いを大切にしてきたから今の自分があるのだと思っています。生まれてきて親と出会い、学校に入って友達と出会い、恩師に出会い、仕事を始めて仲間に出会い、人を信じる大切さと人から信じてもらえる喜びが今までの自分を成長させてくれたと思います。病院で働いているときにも、いろんな方との出会いがありました。特に印象に残っている方は、脳卒中で倒れ意識障害が長く続き、大きな障害を抱えつつも自宅へ退院した患者さんです。意識障害が長く続いたために言葉を失いました。その後、意識は戻っても自分では何もできない状態が続きました。しかしリハビリを続けることで、車いすで生活できるまで回復することができました。退院後の日常生活が送りやすいよう自宅での介助方法や家屋改修の相談にも乗り、ご家族の方に、『あなたに出会えてよかった』とおっしゃっていただいたことが何よりもうれしかったです。ご本人は言葉を発することができないのですが、そばでうれしそうに涙を流す表情ですべて伝わります。この仕事をしていて本当に良かったと思える瞬間です。数年後、その方の姪が作業療法士になり、私が辞めた後、職場の後輩として入りました。『叔父がお世話になりました』と聞き、人との出会いにまたうれしくなりました」

病院勤務の頃の岡野先生

病院勤務の頃の岡野先生

研究室の書架

研究室の書架には卒業生からの寄せ書きやプレゼントが並ぶ

高校生にメッセージ

岡野先生

「作業療法士はリハビリテーションの専門職の中でも大変領域の広い職種なので、いろいろな可能性がある反面、分かりにくいところや曖昧なところが多く、そこが難しく、面白いところだと思います。私は作業療法士に最も大切なのは『人間力』だと思っています。『人間力』?さて『人間力』ってなんでしょうね。作業療法士を目指す方への私からの宿題です。それが分かって実践できれば、活躍できる作業療法士になれると思います。ぜひ一緒に中部大で学びましょう」

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