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生命健康科学部 保健看護学科 久米和興先生

【2013年4月1日】

久米和興先生

看護師として歩んだ過去と、教員としての現在 

プロフィール

久米和興(クメ カズオキ)先生。62歳。北海道函館市出身。1975年、弘前大学 教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒業。東京都内の病院の精神科に看護師として6年勤務した後、千葉県立衛生短期大学の看護学科に教員として赴任。これまでに山形大学 医学部 看護学科、名古屋市立大学 看護学部 看護学科、山形県立保健医療大学 保健医療学部 看護学科に勤務し、2010年より中部大学 生命健康科学部 保健看護学科教授。学科主任。専門は「精神看護学」。

家族は、奥様と3人の息子さん(すでに独立)の5人。趣味は学生時代から続けている将棋。好物は、刺身と麺類。

看護師を志した学生時代

高校卒業後、農学部に進学した久米先生。「でもやってみると僕にはあまり向いていなかったから教育学部に転部したんです」。そこで再度切り開いたのが看護の道。まだ男性の看護職への進出があまり盛んではなかった時代、「資格が取得できれば一生食べていけるかなと思って(笑)」と、看護師を志した理由を明かしてくれました。「卒業するのに4年以上かかったよ(笑)」と苦い学生時代を振り返りながらも、卒業した25歳の時には結婚もし、伴侶に支えられながら看護師としての人生がスタートしました。

「東京にある大きな国立病院の精神科に勤務していたのですが、当時は今と違って夜勤も多く、月に10回くらいはしていたので結構大変でした。でも、個性的な患者さんや看護師との交流が思い出ですね。健康を回復して退院していく姿を見るのがやりがいを感じる瞬間でした」

久米和興先生

教員としてスタートした第2の人生

久米和興先生

看護師として活躍していた時、千葉県立衛生短期大学が設立されることになり、たまたまそこに知り合いがいたことがきっかけで、教員としての人生をスタートすることになった久米先生。「中学と高校の保健と看護の教員免許を取得していましたし、教育の世界にも魅力を感じていたんです」。その後、現在に至るまでの30年余りにわたって看護師の育成に尽力されています。

 

専門は精神看護学

久米先生は、精神障がい者の社会復帰の問題や精神障がい者の家族の人たちの活動支援などについて研究しています。「研究をする上で臨床経験はとても生かされます。実体験がないと学生に指導していても表面的な内容になってしまいますからね」。

前任校では、精神病患者を持つご家族の方々が立ち上げた “家族会” に参加し、家族が抱える悩みを共有したり、解決する知恵を出し合ったりしてきたそうです。また、一般企業ではなかなか働けない患者さんと作業所に通い、商品の箱詰めなどの軽作業の仕事にも付き添ってきたとか。「どんな仕事でもそうですが、信頼関係というのはとても大切です。特に精神病の場合は慢性病ですから長く付き合っていく上で信頼関係は欠かせません」。こうした家族会とのつながりの中で生まれた確かな信頼関係は、今も久米先生の看護人生を支えます。

 

専門の精神看護学の教科書

授業は淡々と

久米先生が授業で心掛けていることは、学生に看護の基本的な知識や技術を身に付けてもらうようにすること。「精神看護の分野は学生にはほとんど知られていない世界。だからこそ基本的なことをしっかり身に付けてほしいと思っています」。

久米和興先生

学生には感情的にならないように接している久米先生。「だから怒ることもほとんどないし、授業もいたって淡々としていますよ」とクールな一面。この冷静さが看護での的確な判断につながっているのかもしれません。

保健看護学科学生イメージ

学生には「他人から信頼される人間になってほしい」と、建学の精神である『不言実行 あてになる人間の育成』を目指します。

高校生にメッセージ

久米和興先生

「病院、在宅、地域における看護師や保健師の果たす役割の重要性はいつの時代も変わることはありません。この方面に関心があるなら、職業選択の一つとして保健看護学科へ進む道を考えてみてください。中部大は広々としたキャンパスでいかにも大学らしく、充実した学生生活を送ることができますよ」

 

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