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全学共通教育部 健康とスポーツ教育科 渡辺武弘先生

【2012年11月1日】

卓球部の部員たちと

日本卓球界で頂点に、オリンピックにも出場

プロフィール

渡辺武弘(ワタナベ タケヒロ)。50歳。福岡県山門郡大和町(現・柳川市)出身。卓球の強豪・明治大学を卒業後、協和発酵株式会社(現・協和発酵キリン株式会社)、アサヒビール株式会社、株式会社エルビーの実業団で活躍したのち、2011年4月から中部大学へ。日本卓球協会の医科学委員会と競技者育成委員会の委員も務める。

卓球は中学校時代に始め、22歳で初めて日本代表選手として世界選手権に出場。全日本選手権ではシングルスで1回、ダブルスで5回、混合ダブルスで3回優勝。1988年ソウル、1992年バルセロナ両オリンピックに出場。

家族は、奥様と社会人の娘さん、小学6年生の息子さんの4人家族。趣味はジョギングと読書で、大の甘党。

渡辺先生のお部屋訪問

いかにも体育の先生といった感じのジャージ姿で出迎えてくれた渡辺先生。とてもにこやかな表情で「どうぞお入りください」と優しく迎え入れてくれました。部屋の中には卓球人生で得た数々のトロフィーや記念バッジ、栄光の瞬間の写真などが飾られていました。

渡辺武弘先生

渡辺先生のお部屋遠征や合宿、大会などで世界30ヵ国程度を訪問。卓球を通して得た経験、出会い、すべてが今の渡辺先生の指導に生きています。

全日本選手権で優勝した瞬間「3度目の正直で臨んだ全日本選手権で優勝したことが卓球人生で一番の喜びです」。写真はその優勝が決まった瞬間(クリックすると拡大します)。

教師を夢みて

授業でのひとこま

卓球の世界で華々しい活躍をされた渡辺先生。34歳で現役を引退してからは、サラリーマンとして営業の仕事をしながら、各地で卓球の講習やコーチをするなど、好きな卓球との関わりをずっと持ち続けていました。そんな生活の中で、父親が教員だったこともあり、自分も教員になりたいと思っていた渡辺先生は、お世話になっている日本卓球協会の方にその夢を話していました。そんなある日、中部大から卓球の指導もできる教員の人材推薦の要望が日本卓球協会にあったことが縁で、教員として中部大へ赴任してきました。

卓球部監督として

ひたすら褒めています

成功体験を積み重ねてほしい

渡辺武弘先生

卓球部でどのような指導をされているのか聞くと、「私の役目は、部員の長所を見つけることです。そして、その部分を本人に気付いてもらい、伸ばすように取り組んでもらうことです」。指導中はひたすら褒めているという渡辺先生。「中学、高校で満足のいく結果を残せなかった部員が多いので、大学でしっかり練習をして大会に出場し、1試合でも多く勝って成功体験を積み重ね、社会に出た時に自信を持って何事にも積極的になれる人になってほしいと思い指導しています」。また、渡辺先生は日本卓球協会の委員も務めているので、卓球に関する情報が早く、指導に役立っています。

部員の話し合いを見守る渡辺先生部員に「指導は厳しいですか?」と聞くと、「全然!」と即答。とても穏やかで、親しみやすい先生です。

練習風景練習は学生主体。「私は見ているだけです(笑)」

これからの卓球部

現在、東海学生リーグで3部に上がったばかり。「この調子でいけば近いうちに2部に昇格する見込みも十分。1年でも早く1部に昇格したい」と目標は高く、熱い気持ちが伝わってきます。

卓球部の練習風景

いつかは卓球の強豪校に

「今後は、練習やさまざまな大会を通して、地元の春日井市をはじめ愛知県、東海地区の卓球愛好者と交流を深め、将来は国内の卓球界で中部大という名前が知れ渡る日を望んでいます」

高校生にメッセージ

渡辺武弘先生

「勉強も大切ですが、心身共に健康でなかったら何事にも一生懸命に打ち込めないと思います。ぜひ、クラブ活動をはじめ学校行事などで身体を動かしたり、仲間と一緒になって、笑ったり泣いたりして自分の持っている豊かな感情を全面に出して活動的に過ごしてほしいです」

 

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