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国際関係学部 国際学科 和田知久先生

【2019年3月1日】

和田知久先生

中国文学が描いた現代の中国とは
中国の同時代文学を研究

プロフィール

和田知久(ワダ トモヒサ)先生。大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業。大阪外国語大学大学院 外国語学研究科(修士課程)東アジア語学専攻中国語コース修了。在学中、華東師範大学文学芸術学院に中華人民共和国国費留学生として留学。大阪外国語大学大学院 言語社会研究科(博士後期課程)言語社会専攻満期退学。2009年4月に中部大学に着任。国際関係学部国際学科准教授。2018年4月から9月は台湾大学で海外研究員として台湾文学を研究した。

奈良県出身。奥様と息子さんと娘さんの4人家族。休日に家族で過ごすのが楽しみ。趣味はカメラ。1980年代のフィルムカメラで撮影することも。好きな食べ物は麺類(うどん、そば、ラーメンなど)。

和田先生を Close Up!

先生の研究内容

和田知久先生

「中国の同時代文学を研究しています。主に20世紀初頭から今現在までの時期の、中国大陸、台湾を中心とした中国語が話されている地域の作家・作品と、それらを生み出した社会的な制度に興味を持っています。例えば中国大陸では、1950年代から1970年代の終わりまでは扱う内容や描き方について政治の側からの干渉を強く受けていました。ところが情勢の変化により政治の側からの束縛が緩み始めると、作家たちによる多様な創作が行われます。初めは欧米や日本の文学の表面的な模倣だったのですが、文体面での実験や多様な題材を扱ううちに、ユニークでレベルの高い作品が登場してきました。では、それらの作品で作家たちが描き出そうとしたのは一体何だったのでしょうか。日常的な事柄、病気や死、恋愛などを通して描かれる心理的な葛藤や苦悩、そして生きる喜び、楽しさは、私たちと同じものでした。同じ時代に同じ思いを抱いて生きていることに共感し、その描かれ方やその作品が生まれた社会について研究することは、私にとってはとても面白いことです」

研究を志したきっかけ

格非の著書

先生の研究テーマである格非氏の著書(一例)

「小学生の頃に剣道の合宿で泊まった宿坊でお経を読んだことが、今思えば初めて中国語に触れた機会でした。高校生の頃には、漢文にも興味を持ちました。高校では、ESS(英会話部)に所属しましたが、大学では他の言語を学びたいと関心のあった中国語を選びました。元は中国語の歴史的な変遷とか方言に興味を持っていました。言語の研究では、例文を集めるのに新聞やら文学雑誌を片っ端からめくって探すのですが、気が付くとついつい内容を追っかけているのです。読んでみると面白くて、いろいろな作家の作品を読むようになりました。もともと日本の文学を読むのも好きだったので、気が付くと文学ゼミの門をたたいていました。講読の授業で読んだ小説『迷舟』が気に入って、留学先はその作家である格非氏が教壇に立つ大学を選んで、会いに行ってインタビューを取ったりして、修士論文では格非氏を取り上げました」

先生の学生時代

「入学して1年半は、奈良の実家から2時間半かけて毎日通学していましたが、疲れ果ててその後は大学の近くに下宿をしました。自由な時間が増えたので、心ゆくまで読みたい本を読み、聴きたい音楽を聴き、見たい映画を見るなど、大学時代だからこそできることを楽しみました。大学2年の夏休みには1カ月かけて中国でバックパッカーとして旅行をしました。北京、上海の街を手当たり次第に歩いて現地の人と話をしたり、他国からのバックパッカーと交流したりしたのが印象に残っています」

学生時代

オーダーメイドの中国の伝統的な衣服 長袍(チャンパオ)を着る和田先生

学生時代

留学した当時の華東師範大学のキャンパス

メッセージ

和田知久先生

「4年間はあっという間に過ぎてしまいます。授業にきちんと出て、卒業のために単位を取ることはもちろん大切ですが、たくさん映画を見て、音楽を聴いて、お芝居を観て、旅をして、いろいろな人に会って、いろいろなことで悩んでください。学生時代だからこそできることだと思います。それから、英語に加えて、アジアの言語を勉強してみましょう。流暢でなくても構いません。ちょっとでも使える外国語があると、見える世界が違ってきますよ」

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