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「みんなと会えてよかった!」インドネシア・パジャジャラン大学(UNPAD)の大学生からのメッセージ 6(国際関係学科 教授:青木 澄夫)

【2014年4月29日】

2月21日から27日まで、青木澄夫ゼミの中部大生5名がインドネシアのバンドンにあるパジャジャラン大学(UNPAD)の学生の家にホームステイをしながら交流をしました。今回、UNPADの学生(日本語学科3年生・4年生)から中部大生との思い出をエッセイにして送ってくれました。内容を変えないように一部は修正しましたが、大変すばらしい日本語です。

第6回は、リーハンさんからのメッセージ「ホームステイが人の考え方をどう変えたのか」を紹介します。   

私はリーハンです。私は2009年6月23日から29日までJICEが実施したJENESYSという短期交換留学プログラムに参加させていただきました。

10日前後日本に滞在し、その3日の間、茨城県のタケシさんとナツミさんのお宅にホームステイしました。タケシさん夫婦は年配の方で、既に結婚し東京に住んでいる一人の娘がいます。ホームステイしている間、タケシさんとナツミさんは私を自分の息子のようにしてくださいました。地方の観光地にも連れて行っていただくなど、あの3日間は私にとって貴重な経験であり、今でもいつかタケシさんとナツミさんへ恩返しをしたいと願っています。

この交換留学プログラムは私の考え方を変えました。世界は広いことと文化に関する考え方がひらめきました。交換留学プログラムに参加したおかげで、当時高校3年の私はパジャジャラン大学国際関係学部に進学したいと決心しました。残念ながら、結局は国際関係学部に進学することはできず、同大学の第2志望学部の日本語学科に受かりました。失敗しても、あの時はまだポジティブな考え方を持っていました。日本へ行きたいなら、ことばと文化を学ぶのが最初の一歩です。

あれから3年半経ちましたが、日本へ留学するチャンスはまだありません。この何ヵ月の間、「どうして4人のクラスメートが留学するチャンスを獲得したのに、私はまだだろう?」と自問自答しました。そういう自問から、私は「運」を非難してしまいました。タケシさんとナツミさんに再会することをあきらめようと思いました。

それからまもなく、友人が中部大学生のホームステイ先になってくれる人を探しているという情報を知らせてくれました。私にとってこれは見逃せないチャンスであります。大学の授業でいろいろ学んできた日本語をついに実践することができるのです。

  

2014年2月21日、私は中部大生のショウマさんをGrand Serelaホテルに迎えにいきました。たまたま東部ジャワからきたいとこが遊びに来ているので、一緒に連れて行きました。日本語日本文化を学んでいる一人の学生として、日本人とコミュニケーションする自信がないことに悩んでいます。しかも、交流する機会はあまりないのです。私はアニメとドラマを視聴する趣味がありますが、わからない言葉があったら、字幕でわかることができます。しかし、実際、ショウマさんが私に話したり聞いたりしたら、もちろん字幕なんてありません。これは私にとって今まで学んできた日本語をどういかすのかという試練であり、挑戦でもあります。

    

初めはおとなしい人だと思っていましたが、趣味や好き嫌いのことなどプライベートについて私にいろいろ聞きました。趣味が同じところが多かったため、初対面でも滑らかに話せました。日本でホームステイしていた家族が私にやさしく接してくださったように、今度はショウマさんを優しく接してあげたいです。そのため、事前から家族におもてなしを大切にするように言いました。私の家族は関心を持って、喜んで受け入れてくれました。

22日、ホームステイしている中部大生とGunung Tangkuban PerahuやFloating MarketやSaung Angklung Udjoなど、バンドンの観光地を訪れました。実はバンドンの街やスンダ民族の文化など、話したいことはいっぱいありますが、「ことば」の壁で伝えきれませんでした。本当に申し訳ないと思っていますが、楽しい時間をすごしたかなと思っています。

翌日、私たちはおじさんの持っているVilla Kancilというリゾートで一日を過ごしました。その日、ショウマさんは初めてスンダ料理を手で食べました。そんな小さいことに私は喜びを感じました。少なくても、日本人にスンダ文化を教えることができました。日本では体験できないことができたでしょう。

     

月曜日と火曜日の24日と25日、私たちは大学で時間を過ごしました。もっとも印象に残ったのは大講堂で青木先生がインドネシアと日本の友好関係について講演したことです。私も初めて聞いていろいろ学ぶことができました。

    

25日はショウマさんが私の家でホームステイする最後の日でした。まだフットサルとかゲームとかやりたいことは山ほどありますが、すこし残念だと思っています。翌日の26日はホームステイしている中部大生がバンドンで最後の日を過ごしました。アジア・アフリカ博物館に行ったり、カラオケしたり、食事したり、楽しくて一生忘れられない思い出になったと思います。

別れのときは本当に悲しかったです。ヒナコさんはまた涙を流して、感情が触れやすい繊細な人だなと思いました。そして、他の学生とくらべて小さいことにも関心をもっていたのはヒナコさんでした。カラオケも上手で、99点です!モモカさんはちょっと恥ずかしがりやで、私もあまりしゃべりませんでしたが、いい人だと思います。ユウジさんには飲み会を断ってごめん!宗教上の理由で、飲酒はNGです。でも、運動なら、また会えたら一緒にやろう。ホームステイ先にさせてくださったUNPADの先生にも感謝しています。日本人と話す自信が増えました。ショウマさん、最後に「僕はきっとまた会えると思うから泣かないよ」と言ったように、私の心に努力という火をつけてくれました。また日本で会えるように、大学院に進学したいです。そして、今度こそ受からなかった国際関係学部にまた挑戦してみたいです。

このホームステイ活動を経て、「幸運」は努力に伴っていることに気づかれました。そのため、今は日本への留学情報をさがしながら、一生懸命卒論を執筆しています。会話力をもっと磨いて、今度会ったら流暢に話せると思います。そうすれば、いつか日本へ留学する夢は叶うでしょう。

以上、これが私の感想とメッセージです。間違いなどがあったら、本当にごめんなさい!いろいろ学び合い、そして食事のときもおごってくれてありがとうございました。いつかきっとまた会いましょう!

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