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合格体験記

【2022年3月1日】

                            合格体験記                        国際学科4年 新川まや 

はじめに

 大学院合格体験記を書いて欲しい、という依頼を頂いた。せっかくの機会だから、ここでは私の大学5年間を振り返ってみたい。

田舎者とコクサイ人

 学びの世界への入門は人それぞれである。私の場合、そのきっかけは大きく2つある。
1つは、「私たちは、自分が『田舎者』であるということを知らねばならない」という和崎春日先生の言葉である。チョークの粉で指を真っ白にしながら、先生は学生たちに向けて熱量いっぱいに語りかける。大学の講義では真ん中より後ろの席に座り、夢と講義の間を行ったり来たりして、決して「マジメ」ではなかった私だが、先生が放つ確かな体験に裏打ちされたその言葉に大きく突き動かされた。
 もう1つは、3年生の夏休みに訪れたフィリピンの首都マニラにあるトンドという街で目にした人びとの生き様である。ここに暮らす人びとは、街の隅々からゴミを集めて換金するというのを生業の1つとしている。そこへ収集されるゴミの量は凄まじく、日本では世界最大級の「スラム街」として、あるいは「スモーキーマウンテン」という名でよく知られている。ここの人びとは、同じマニラに住む人からも「Lazy people」と蔑まれている。
 この民衆街をぶらぶらしていると、1人の現地女性が私に話かけた。「あなたジャパニーズ?私の弟はSAITAMAで働いている。私も来月そこに行く。コリアにも家族がいる」。
 私はとても驚いた。一見するとその日暮らしもままならないようなこの女性だが、実際にはゴミを換金するだけでなく、容易に国境を越えて、韓国やSAITAMAにたしかな人的ネットワークを築き上げている。限られた資源のなかでも、能動的にビジネスを世界展開させている。国際学科で日々勉強している私(たち)よりも遥かにコクサイ人である。
 このようなトンドの人びとの融通無碍で芯のあるこの生き様は、私が「田舎者」であるということを痛いほどに自覚させた。もっと世界のことを知らねばならない、そのために現地の日常生活にどっぷり浸かって学ばなければならない、そう思うようになった。私は思い切って休学願を提出し、すぐに和崎先生の研究室を尋ねた。何度か懇談した後、もともとアフリカに関心を抱いていた私は、行き先をカメルーンとタンザニアに決めた。

写真1 住宅街に収集されたゴミを仕分ける人
(2019年9月フィリピン、トンド地区にて筆者撮影)

写真2 ゴミで覆われた歩道。ゴミは雨の水分を吸収し、
まるでスポンジの上を歩くような感触。
(2019年9月フィリピン、トンド地区にて筆者撮影)

アフリカとわたし

 休学後は和崎先生のもとで、カメルーンを中心に勉強を前進させた。フィリピンでの経験も色褪せることなく、やがて私は貧困や開発の対象ではなく、地続きのアフリカにある都市民衆の「ふつうの」生活世界に関心を抱くようになった。
 ところが、休学直後のパンデミック。生気を失いかけていた私に「京大の夏試験、受けたらええやん。勉強してるし、いけるで」と和崎先生。「え、大学院受験?しかも、京大?」と驚きつつ、先生の一言に背中を押され、有り余る熱量を大学院進学にシフトした。
 志望した大学院は、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻(略してASAFAS)である。修士と博士の境目がない一貫制課程で、長期のフィールドワークに重きを置く研究科である。
 試験内容はというと、1次試験ではA4用紙1枚程度の英文全訳2題と1500字程度の論述2題、2次試験は面接である。問題を解くなど本格的に対策を開始したのは、試験の半年前だが、休学中のアフリカに関する文献勉強や語学の勉強は大学院受験に大いに役立った。
 具体的には、英語の新聞記事や論文を先生の前で訳していくというトレーニングを行った。またそれと並行して高校生向けのやさしい英語テキストを使って基礎固めに取り組んだ。さらに、関心のある研究著書を読み、週に1~2本レジュメにまとめて和崎先生の前で発表した。これを1年半続けたが、私には大学院に合格するための何か秘訣のようなものはわからない。しかし、大学院受験を終えてみて最も大事だと思うことは、「ロンド」と「壁打ち」の存在である。

ロンド

 ロンドというのは、エスペラント語で「集い・サークル」の意である(和崎洋一、1977『スワヒリの世界にて』、NHKブックス、p.15より)。
大学院受験に限らず、私の5年間を語るのに、このロンドの存在は欠かせない。
 例えば、私はこれまで3つのゼミに参加してきた(もちろん聴講生として、である)。
 高ゼミでは、カント『永遠平和のために他3編』をはじめとして、ドラッカー、モーゲンソー、ガルトゥング、モンテスキューなどの古典を手に取った。和崎ゼミでは、潜在する西洋近代中心的なものさしを取り払い、民衆の心性と価値観から生活や文化をみる視点を学んだ。平井ゼミでは、卒論執筆を通して、見えないもの(相手が見ている世界、心情、過去など)に共感し理解することの大切さと難しさを知った。
 また、仲間たちと勝手に「ハイブリットS」と呼んでいる自主勉ロンド(ハイブリット・プロジェクトから派生したもの。SはStudentsの頭文字。)では、しばしば夜遅くまで熱い議論を交わした。
 休学をきっかけに始めた和崎先生との1on1講義「7階ロンド(今は10階ロンド)」は、今では100回を優に超えている。学会や研究会など構外のロンドにも積極的に参加し、耳学問をした。

卒論執筆

 正直に言うと卒論執筆は、大学院受験よりも大変だった。というのも、卒論はアフリカについて執筆するつもりだった私だが、肝心なフィールドワークができなかったのである。それでも、文献のみで卒論を書く気はなかった。もっと血の通った卒論を描きたい、という想いが強かった。
 そこで私は、最も身近な対象について研究することを決めた。卒論タイトルは、「日常的世界からみる在日韓国系日本人のアイデンティティに関する文化人類学的分析」である。
 私の曽祖父・曽祖母はいわゆる在日韓国人で、私は4世である。在日に関する研究には蓄積があるが、そこに描かれている民族的集団としての在日と、私の周りに居る「在日」のイメージには大きな隔たりがあった。そこで私は、ライフヒストリーの聞き取りや参与観察を用いて、自分も生きる日常から在日について異なるアプローチをしてみたい、と考えたのである。

 紙幅の関係上、卒論の詳細については省略するが、このテーマで卒論を執筆することができてよかったと思っている。というのは、日常を共にする家族を調査対象にし、ロンドをすることで、家族という間柄でも分からなかったことや、自分自身のルーツについて知ることができたのである。この卒論を通して、大切な人たちとよく語り、よく聞き、心通わすことができた。自分の内側ともこれまで以上によく話した。
 ライフヒストリーの聞き取りといっても、私が得られるのはその瞬間にたまたま語られた感情や記憶、体験であって、その人のごくごく一部のまた一部でしかない。しかし、いかに小さくささやかな語りでも、その人の人生の断片がもつ豊穣さは計り知れず、そこに居合わせることができるのは尊いことである。

     写真3 フィールドワークで訪れた霊園で跪拝をする筆者
           (2021年10月筆者の母撮影)
 このように、私はいつもロンドの中に居て、人と語り、学んできた。ある先生が、「大学は自分の持ち味を発揮する場である」と仰っていた。そして今、自分の持ち味は、自分1人によって引き出されるものではなく、ロンドの中で複数の他者との壁の打ち合いによって構築されていくものだと確信している。ロンドという場の力が学びの枝をすくすくと育ててくれるのである。私は、これからも人びとのささやかな日常をみつめ、小さな声に耳を傾けながら世界について学んでいきたい、と思っている。

 

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