• ページの本文のみをプリントします。ブラウザの設定で「背景色とイメージを印刷する」設定にしてください。
  • ページ全体をプリントします。ブラウザの設定で「背景色とイメージを印刷する」設定にしてください。

ロンドンのにおい-第1回 国際関係学部研究会実施報告(教授:伊藤 裕子)

【2016年11月9日】

*国際関係学部の教員は、2016年6月より、毎月1度、研究会を開催しています。初回の実施報告として、伊藤裕子教授からご寄稿頂きました。

       

イギリス、そして「におい」といえば、何を思い浮かべるであろうか。ロンドンという大都市をとってみれば、まずは多種多様な民族が織りなす「におい」である。近年とりわけ外国からの移住者が増えたロンドンでは、それぞれの民族が住まう地域が、固有のかおりを発している。地域に根差した小売店、たとえば、彼らの台所や日用品をまかなう店や民族料理店にはそれぞれ独特の空気がある。インド人店主のグロサリー・ストアにはサンダルウッドのかおりが滞っている。香辛料、カレー、穀物、紙、酒、たばこなど、店内にひしめくように天井近くまで陳列されている。そうしたもののかずかずが発するにおいが織りなす複雑な存在感ある空気だ。民族に染みついた、重みのある空気の中にいると自分がイギリスにいるのだということが錯覚のように思えてくる。

現代ロンドンの街はどうであろう。外気は車の排気ガスで汚れ、通勤や観光の人々でひしめく。“Tube”(チューブ、まさしく管)と呼ばれる、非常に狭い地下鉄の構内も、人種は多様で、冬でも暑く、汗や吐息、つけてから時間のたった香水のどんよりしたにおいがこもる。世界で最も人口密度が高いとうわさされるロンドン・アンダーグラウンドである。地下鉄が走るたびに、地上の地下鉄入口は、まるでブラックホールのように、多民族の街の空気をそしてにおいを吸い込む。

私は2015年から16年にかけて、研究の拠点をロンドンに据えた。ロンドン西部のウェストアクトンからセントラルラインにのって、途中でピカデリーラインに乗り換え、ラッセルスクエアで降り、ロンドン大学高等学術研究院(Senate House内)へと通ったのであるが、毎日鼻腔は真っ黒、髪はべっとりと黒い汚れを吸着してくるのだった。これがロンドンの現実である。“Tube” のトンネルの穴が吸い込んだ汚れやにおいを今度は自分の鼻腔が吸い込んでいるのだという、グロテスクなイメージを抱く自分は妄想家であろうか。その真っ黒な物質は1863年の地下鉄創業以来つもりつもったロンドンのススなのであろうか。19世紀にはロンドンのリージェント・パークに羊が放牧されていたらしいが、白いはずの羊毛が大気汚染のため真っ黒であったとのことだ。

さて、100年前のロンドンとはどのような「におい」がしたのであろうか。植民地の独立と大英帝国の衰退、そして国内は社会構造の変化の波にさらされていた。上流階級もまたその社会的立場や特有の文化を保ちつつも、その階級特有の生活様式の維持には陰りの兆しが見えつつあるころであった。ロンドンの大気は家屋の煙突からの煙やススが充満し、街ゆくおよそ30万台の馬車が一日およそ1千トンもの落し物(“dung”)を道路に残した。テムズ川には排水による悪臭・汚染問題が起きていた。

都市とにおいといえば、当時、汚水溜め、下水道にまつわる悪臭問題があった。下水道といえば、都市整備にはなくてはならないものであるが、上層階級は、下水道整備を好ましく思っていなかったらしい。なぜなら、当時は、下水管の悪臭を遮断する仕組みが未発達であって、シンクの排水口から立ち上るおぞましい空気が家中に充満したからである。もうひとつの理由は、分岐したひとつのパイプによって都市のあらゆる家屋が繋がれるからだ。それは彼らにとってみれば、地下空間におけるあらゆる階層間の連結、および階級の抹消のイメージをほのめかしたのだ。

ロンドン郊外の、クロイドンでは1910年、汚水だめの地下層に問題があり飲用の地下水の層に汚水がしみ出ているのではないかという論争があった。この汚水だめはチョークと呼ばれる石灰岩質からなる地層に掘られたものであるが、チョークには気孔が多いため、たとえ地層に亀裂が無いとしても、汚水がその下にある地下水に潜入したのではないかという仮説があった。そもそも汚水だめ自体、汲み出しの手間を省くために、建設業者はチョーク層に十分届くようにため池を掘り、汚水を地下へと浸透させることを許可されていたのだ。土壌の細菌感染という意識もなかった。そのためにおきた汚水混入が、19世紀末にその地域流行したチフスの原因なのではないかという推論があった。

19世紀は依然として各家屋の地下にこうした汚水溜めが存在した。そこで汚水溜めを廃止し、下水道を整備するように行政側に要請を行っていた有識者とそのグループが存在した。公共施設の中には下水管がすでに配備されたものもあったがまだ公共の下水道には連結されておらず、機能はしてはいなかったのだ。しかし度重なる要請にもかかわらず、クロイドンは下水道整備には二の足を踏んでいて、依然として汚水だめを使い続けたというのだ。下水道完備の遅れは上水道への汚水混入の真偽は定かではないということが表立っての理由なのであろうが、ここにはやはり社会階層の解消という想像に伴う、恐れがつきまとっているのであろうか。

目に見えない地下の世界は想像的世界である。しかし人々の想像力が現実世界のインフラストラクチャ―に影響を与えたのである。

 

参考文献

Jackson, Lee. Dirty Old London: The Victorian Fight Against Filth. New Haven: Yale UP, 2014.

Pike, David L. “Sewage Treatments: Vertical Space and Waste in Nineteenth-Century Paris and London.”  Filth: Dirt, Disgust, and Modern Life. Eds. William A. Cohen and Ryan Johnson. Minneapolis: U of Minnesota P, 2005. 51-77.

(本エッセイ後半は、2016年6月国際関係学部研究会における執筆者の発表「20世紀初頭イギリス・モダニズムと身体:嗅覚的表象からのアプローチ」にもとづく。)

ページの先頭へ