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昭和47年度 電子工学科卒業 水谷孝次さん

【2010年10月1日】

デザインで人や社会を幸せにしたい MERRYな笑顔とメッセージで 世界中に奇跡を起こす

これまで有名企業の広告やポスターの数々を手掛けてきた水谷孝次さん。1999年に、笑顔で世界をつなぐMERRY PROJECTをスタートさせ、愛知万博や北京五輪、上海万博などの世界的イベントに参加し、世界中に感動と勇気を与え続けています。

(写真右)2008年8月北京五輪開会式にアイデアと子どもたちの写真1644枚を提供。見事にクライマックスを飾った。(写真提供:株式会社水谷事務所+MERRY PROJECT)

北京オリンピック開会式

プロフィール

水谷さん

1951年名古屋市生まれ。日本デザインセンターを経て'83年水谷事務所を設立。東京ADC賞、JAGDA新人賞、N.Y.ADC国際展・金賞・銅賞・特別賞、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ展金賞ほか、多数受賞。'99年より「MERRY PROJECT新しくウィンドウが立ち上がります」を開始。'05年の愛知万博、'08年の北京五輪、'10年上海万博をはじめ、MERRY(幸せ・楽しい・夢)を伝えるデザインを提供している。

水谷 孝次 さん
株式会社 水谷事務所
新しくウィンドウが立ち上がります
アートディレクター
グラフィックデザイナー
電子工学科 昭和47年度卒

 

 デザインが奇跡を起こす
「思い」を「カタチ」にする仕事術

(PHP研究所)
水谷さんの幼少期から現代までの活動をまとめた1冊。

水谷さん書籍

Working File

上海

2010年5月上海万博公園彫刻プロジェクトのオープニングセレモニーにて、万博会場と東京・渋谷で、被災地で生きる子どもたちとの笑顔を咲かせた。(写真提供:株式会社水谷事務所+MERRY PROJECT)

ウイダーインゼリー

おなじみの『ウィダーinゼリー』のパッケージデザインも水谷さんの手によるもの。

展示会

2010年5月松屋銀座デザインギャラリー1957で開催された「水谷孝次のデザイン-和顔愛語ミュージアム-」にて。

MERRYとの出会いを教えてください。

その頃僕は、商業広告の世界に疑問を感じていて、もっと社会や人を幸せにする仕事がしたい、次の時代のデザインってなんだろうって考えている時期でした。そんな時ふと、昔のアメリカ旅行のバスの中で撮った少女たちの写真を見つけて、その笑顔を見たとたん「これだ!」って新しい時代の空気を感じたんです。当時はソ連崩壊やバブル崩壊など、重く、暗く、閉塞的な時代で、アートの世界でもネガティブな表現が注目されていました。でもこれからは「笑顔」の時代だって強い予感がありました。そして『MERRY』という名の写真集が生まれ、その笑顔に共感してくれる人がいたからこそ、2000年のラフォーレでの展示会へ繋がっていったと思います。

写真は水谷さんが自ら足を運び撮影されているこだわりの理由は?

広告の世界では、撮影はカメラマンが常識。でもコンセプトを考えたら、広告のようなやり方はしたくなかった。もちろん腕のいいカメラマンに撮ってもらえば、クオリティの高い写真は撮れるだろうけど、下手でもいいからコンセプトを誰よりも理解している人、つまり自分が撮るべきじゃないかなって。僕は、デザインはクオリティではなくてコミュニケーションだとずっと感じていて、突き抜けたコンセプトがあればディティールにこだわる必要がない。また実際に自分で見て、すべてやれたことは、やりがいも感じましたね。

『プロジェクト』として意識し始めたのはいつですか?

神戸が転機でした。それまでは、原宿やロンドンという土地柄からファッション性を意識していた所もあったのですが、阪神淡路大震災の復興記念事業というyことで、老若男女関係なく、すべての人を対象に写真を撮って笑顔とメッセージを取材しました。結果そこには、震災から立ち上がってきた人たちの、心からの言葉や笑顔があって、ポスターを見た大勢の人に感動や希望を与えることができました。自分も味わったことのない喜びを感じ、社会・環境という新たなMERRY観が深まりました。プロジェクトとしての覚悟というか心構えが生まれたきっかけになったと思います。

北京五輪に参加したときの経緯や感想を聞かせてください。

北京五輪は、ディレクションを担当するチャン・イーモウ氏に直接手紙を書いて、かけ合ったり、何度も足を運んで実現したものです。中国というお国柄もあって苦労も多かったですが、想いがあればなんとかなるもんだな・・・と感じましたね。やりたいことをやろうと思ったら、黙って待っていても何も起こりません。思ったら飛べ。その意識は昔から強かったですね。勤めていた頃も、やりたい仕事ってなかなかこないもので、そこから抜け出すには自分でテーマを見つけ、作品をつくり、常に世の中にプレゼンテーションをし続けるしかない。不満を言うだけじゃなくて自分で見つけにいく。万に一つのチャンスのために自分を磨いていれば、どこかで誰かが見ていてくれて、チャンスはやってくる。この北京五輪だってそう。月並みだけど、戦い続け、やり続けることが大切だと思います。

電子工学科からデザインの世界へ飛び込んだことも挑戦だったのでは?

デザインを志して、すぐに東京へ飛び出すところは、まさに「思ったら飛べ」ですよね。学科については、進学するときからどこでもいいかなって考えていました。大学は職業訓練場じゃないから、就職のためというより、自分が本当に何をしたいのかを見つけることが重要だと思います。基本的に大学は人間の厚みをつくる場所です。ただ電子工学は全く向いていなくて、よく実験で失敗していましたけど・・・(笑)

今後は、どのような活動の展開を考えていますか。

これまで神戸やニューヨーク、四川、インドネシア等の経験を通じて、負の遺産を持つ街こそMERRYが必要なのだと実感しています。だから貧しい国や悲しみを背負っている国へもっともっと足を運びたい。今年は戦後65年の広島・長崎・沖縄の地で、平和をテーマに笑顔でメッセージを発信しました。これからの目標は、68億人の笑顔とメッセージを集めること。地球に笑顔と幸福を増やすために、何をするか、何ができるかを考え続け、人や社会、地球を幸せにすることを目指し、大いに挑戦していきたいです。

MERRYプロジェクトとは

「あなたにとってMERRY(楽しいこと、幸せなとき、将来の夢など)とは何ですか」そんなシンプルな質問を世界中で投げかけ、これまで3万人以上の笑顔とメッセージを集める。「笑顔は世界共通のコミュニケーション」をテーマに、MERRYな想いと笑顔を通じて世界をつなぐ。近年は、農業やクリーンアップ運動等、社会的な活動も活発に展開。

※中部大学同窓会誌桃園の夢Vol.59(2010年10月1日発行)より転載。

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