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水野 雅夫

 

齋藤宏保

職位

教授

所属

人文学部コミュニケーション学科

研究室

26号館2階24号室

略歴

大学卒業の頃、日本は公害列島と呼ばれ、深刻な環境問題が起きていました。工学部だったのですが、卒業後メーカーに就職して公害を出す側に立つのに抵抗がありました。迷った末、中日新聞に記者入社しました。新聞社なら少しは公害をなくすために働けるのではないかと思ったからです。

支局に赴任して間もなく地元河川の水質汚染問題について地方版1ページを私1人で埋める記事を書きました。学生気分が抜けないままの論文調の記事でした。専門用語の羅列で誰も理解できなかったのでしょう。社内外とも反響がなく拍子抜けでした。むしろ、迷子の愛犬を探す飼い主の記事に大きな反響があり、読者の通報ですぐに犬が見つかったのが、新聞と読者のコミュニケーションを考える上で心に残る出来事でした。スモンの薬害問題も長く取材しました。

その後は、記者として主に経済畑を歩みました。中央官庁から中小企業まで、およそ経験すべきところはすべて担当しました。いまでも、テレビニュースなどで国会、首相官邸など永田町や霞が関、丸の内のシーンが映ると懐かしく思い出します。

途中、ニューヨークのコロンビア大学大学院に1年間客員研究員として赴任。

ベルギーのブリュッセルにも特派員として3年間、駐在しました。欧州通貨統合、NATOのコソボ空爆、英ダイアナ妃の突然の死去、ドイツの新幹線事故、テロリストによるエジプト・ルクソールの外人観光客虐殺事件など連日一面トップを飾った大事件がたくさんありました。

帰国後、経済部長をへて、論説委員を長くしました。

また、名古屋大学大学院国際言語文化研究科で客員教授として7年間にわたりマスメディア論(デジタルメディア論)の講義を担当しました。

研究分野/関心を持っている領域・現象など

電子機器は1年半~2年で性能が倍になるという「ムーアの法則」があります。ネット社会に生きる私たちの生活も、この法則に大きく影響を受けています。

メディア論で知られるマーシャル・マクルーハンは、ネットの発達で小さくなる国際社会を「グローバルビレッジ」(地球村)と名付けました。平和と安定が訪れると期待された反面、情報化が国際間の対立をより激化させる現象も現れています。国内でもネットを使った学校内のいじめが深刻化しています。技術進歩を私たちの幸せにつなげるには、どうすればよいのか。コミュニケーションの観点から日々、考えています。

主な担当科目

「メディア・コミュニケーション特講A・B」 

メディア論の教科書は多数ありますが、いずれも活字となった瞬間からムーアの法則で化石のように古くなる運命です。教科書的理論を踏まえながら、日々発生する現実社会のニュースを題材に、メディアの本質に迫るような授業を目指しています。

「活字ジャーナリズム史」

グーテンベルグの発明した印刷技術がヨーロッパ宗教革命の引き金となったように、活字は社会に計り知れない影響を与えてきました。近代市民意識や人権思想の普及も活字技術の発達と切り離しては考えられません。欧州の活字文化、とりわけ新聞史を題材に活字の果たした歴史的役割に迫ります。

「新聞研究A・B」

瓦版からの歴史を持つ日本の新聞が、近現代史にどのような役割を果たしてきたかを踏まえながら、新聞の本質的な機能について学びます。精緻を極める現代の新聞制作技術が電子新聞時代となって大型液晶・プラズマ画面上で生き残れるのかも、興味の焦点です。

趣味・人生観・特記事項

『春は鉄までが匂った』。私が駆け出し記者時代に心ひかれたルポルタージュ文学の題名です。町工場で働きながら小説を書き続けた小関智弘さんの作品です。物づくりで一時世界の頂点を極めた日本の底辺を支えた人々の姿を描いています。「神は細部に宿る」というのも私の好きな言葉です。

他方、ジャーナリストが忘れてならないのは「虫の目」と「鳥の目」を合わせ持つ複眼の視点です。現在のジャーナリズムは「虫の目」だけの単眼に陥っているように見えます。学生の皆さんには、大学の勉強を通じてぜひ、豊かな複眼の視点を養ってほしいと思います。

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