• ページの本文のみをプリントします。ブラウザの設定で「背景色とイメージを印刷する」設定にしてください。
  • ページ全体をプリントします。ブラウザの設定で「背景色とイメージを印刷する」設定にしてください。

3月のメッセージを公開します。

【2017年3月11日】

3.11

 今日は2017年3月11日。東日本大震災から6年を迎えました。警察庁のまとめによると、震災による死者は3月10日現在で、1万5893人。行方不明者は2553人となっています。私は、地震発生時刻の14時46分から少し遅れましたが、失われたかけがえのない多くの生命(いのち)に祈りをささげました。

 昨年、全国障害者スポーツ大会帯同のため、岩手県を訪れました。震災から5年を経た東北で、真新しい建物も並び、復興は進展したと感じられる事も多くありました。しかし、本日の新聞報道によると、今なお12万人の方が避難され、不自由な生活を送られているそうです。私は、幸いにも大きな被害に遭うことなく、こうして生活することができています。あらためて、このことに感謝したいと思いました。

 

 ある学生と東日本大震災に関する話をしました。この学生は岐阜の出身ですが、千葉で被災をしています。ディズニーランドです。話をしてくれた学生は、高校受験が終わり、卒業旅行で夜行バスを使い、ディズニーランドに遊びに行ったときの事だったそうです。”真っ直ぐ歩けない”。突然、不思議な感覚に見舞われたそうです。自分の体調が悪いのでは無いかと錯覚したのち、突然の巨大な揺れに襲われたと話してくれました。シンデレラ城のエンブレムである屋根が折れそうに揺れていたのを確認したそうです。また、混乱するお客さんを前にキャストの方が「落ち着いて」「大丈夫です」などと声を張っていたそうです。その学生が話をしてくれるのを聞くだけでも、その場所に居たお客は、ディズニーランドのキャストさんの声かけに安心したことでしょう。非常時に備えて訓練をしていたのだと思いますが、ディズニーランドのキャストさんらしい行動に感心させられました。その後、安全確認のために園外に出る事ができず、広場で待機する事になったそうです。時期的に春を迎える頃ですが、当時はとても寒く、配布されたゴミ袋を被り、寒さをしのいだそうです。
 他にも、舞浜駅が地震でグチャグチャになった話や、駐車場がドロドロ(液状化)だった話、ディズニーランドの園内で損傷がほとんど無かったため、外に出て事の重大さを改めて認識した話など、怖くて辛い体験を語ってくれました。心身共に酷く傷ついた事を話してくれた最後に、彼は力強く言ってくれました。「この被災で消防士や救命士さんの仕事を見たんです。この時から、自分も消防士や救命士になろうと思ったのです。」と。

研究室にあった東日本大震災に関する書籍

  その時、以前「prayforjapan.jp」というwebサイトが注目されていたことを思い出しました。「prayforjapan.jp」は、東日 本大震災発生のわずか12分後から届き始めた、海外・国内からの<祈り>のメッセージ、エピソードを集めたWebサイトです。後に書籍化されました。確 か、研究室の本棚にあるはずだと思い、探しました。私は、再びこの書籍を手に取り、パラパラとめくり始めました。中には、人を思いやり、慈しむ気持ちが溢 れている祈りの言葉があり、日本人の心の美しさを感じました。
 
千葉の友達から。避難所でおじいさんが「これからどうなるんだろう」と漏らした時、横に居た高校生の男の子が「大丈夫、大人になったら僕らが絶対元に戻します」って背中さすって言ってたらしい。大丈夫、未来あるよ。
 これは、書籍、”PRAY FOR JAPAN ‐3.11世界中が祈りはじめた日‐”のP.20を引用したものです。先に紹介したディズニーランドで被災した学生の言葉と重なりました。

 数年前に目にした(確か)新聞で、中学や高校の教科書に東日本大震災の記述が増えたとの記事がありました。教科書での取り上げ方は多彩だろうと推測されます。大地震から何かを汲み取り、理解して、次へと活かす。防災や安全だけでなく、人が生活をすると言うことを考える機会に、大震災は重要な教材となるだろうと思いました。そして、これから先、未来の教科書にはどの様な表現がされるのかが気になりました。私は、『東日本大震災で日本は大きな被害をうけたが、震災を知る、当時の中学生や高校生が懸命に努力をし、急速に日本が回復した。』と書かれる事を願ってなりません。今、在学している皆さんのことです。期待しています。

 最後に、3月は“別れ”と“出会い”の季節です。3月23日に卒業式を迎える皆さん、おめでとうございます。先日、ある学生が研究室に卒業が決まった報告に来てくれました。「もう、困った事があっても、ここにはすぐ来れないな・・・」「でも、よく来たなぁ・・・」と感慨深い話をしました。正直、別れは寂しいですが、社会での活躍を願っています。もう一度、少し早いですが、卒業、おめでとう。

コモンズセンター長  伊藤 守弘

全国障害者スポーツ大会のIDカード

愛知県代表(水越選手)大会記録で優勝した際の写真

ページの先頭へ